RHYMESTER・DJ JINの
音楽とともに歩んだ平成時代。

SHOP

今年、結成30周年を迎えたRHYMESTER。日本HIPHOPの礎を築いたグループのひとつであり、今も現場の最前線を走り続けていることはご存知のとおりだ。そのメンバーであるDJ JINさんが、なんとYES GOOD MARKETに出演し、会場に音楽の彩りを与えてくれる! “KING OF STAGE”を自他ともに認めるRHYMESTERのライヴを支え、それ以外にbreakthroughの一員として活躍したり、HIPHOP以外にも多彩なジャンルのイベントでDJをこなしたりと音楽シーンを縦横無尽に駆け巡るDJ JINさん。そんな彼に、DJとして活動しはじめた当時のことから、これからの展望までをインタビュー。

わずかな情報しかない時代に
DJのキャリアをスタート

DJ JINさんがHIPHOPと出会ったのは’80年代後半。未成年の夜遊びに寛容だった高校1年生の頃、地元横浜のクラブで衝撃を受けたと言う。
「横浜にユーロビート系のディスコがあって、そこに遊びに行っていましたけど、そこはただの遊び場という認識でした。でも、同じく横浜にサーカスという米軍の人たちも遊びに来るようなR&BやHIPHOPのディスコもあって、そこに行ってみたらカルチャーショックを受けたんですよ。ユーロビートのディスコと違う感覚があって、DJがひと晩の流れを作って雰囲気を盛り上げていることに気づいたんです。聴いたことないけどカッコいい選曲が多くてかなり衝撃的でした。New Jack Swingが流行っていたり、ラップだとERIC B. & RAKIMが人気だったりする年代で、僕はBig Daddy Kaneが好きだとかアーティストの好みはありましたけど、初期衝動としては『このアーティストがヤバい!』っていうより、DJが構築しているディスコの空気感や流れに衝撃を受けました」。

こうしてHIPHOPに魅了されたDJ JINさん。DJとしての活動より先に音源を買いはじめるが、もちろん現在のようにインターネットで情報を簡単に得ることができず、自分の足で稼いでモノにするしかなかった。
「サーカスではDJブースの前まで行って、ぐるぐる回っているレコードのラベルを目で追いかけて曲名を覚えていました。その時代はみんな情報を得るのに必死だから、レコードやCDを買う前に情報源の争奪戦があったんですよ。アメリカにThe Source MagazineというHIPHOPの専門雑誌があって、タワーレコードに数冊だけ入荷したって聞けばダッシュで買いに行って。そこで得た新譜情報をシステム手帳にメモして、暇さえあれば頭に叩き込んでからレコードを買いに行っていました。メモを見ながらレコードを探していたんじゃ時間が掛かって、他の人に取られちゃいますからね」。

そして、高校卒業後、機材を揃えてDJとしての活動をスタート。RHYMESTERは’89年(平成元年)に宇多丸さんとMummy-Dさんがすでに結成していて、DJ JINさんが正式加入したのは結成から5年後の’94年のこと。当時のファッションと絡めて、こんな思い出を話してくれた。
「当時はもちろんオーバーサイズのファッションが主流でした。でも、僕は痩せていたからそういうスタイルが似合わないって分かっていたんですよね。僕は全然ファッショニスタじゃないし、みんながみんな同じ格好をする必要がないって、妙にひねくれた考えを持っていて(笑)。それでRHYMESTERに入ってライヴとかするようになってから、ある日Mummy-Dと2人で車に乗っていたら、『JINさぁ、一緒に服買いにいかない?』って言ってきて。珍しいなって思いつつも、一緒に行ったんですよ。しばらくしてから振り返ってみると、要は『JINもHIPHOPらしいファッションをしてみたら?』っていう言い回しだったんだって気づいて(笑)。ちょうどその頃、MUROくんの〈Still Diggin’ 〉やROCK-Teeさんの〈CRIB〉とか、周りのHIPHOPをやっている友達のお店が増えて、そこに行けばHIPHOPに関連した服を手に入れることができる環境になっていました。だから、オーバーサイズのいわゆるHIPHOPらしいファッションをしていた時期もあるんですよね(笑)」。

お客さんが0人のイベントから
徐々に浸透したHIPHOPカルチャー

’90年代のRHYMESTER は、EAST ENDやMELLOW YELLOW 、RIP SLYME、KICK THE CAN CREWといった豪華な顔ぶれとともにFUNKY GRAMMAR UNITというコミュニティを結成していて、自分たち主催のイベントFG NIGHTを開催するなど、日本HIPHOPシーンの確立に貢献する。しかし、DJをはじめた当初からその盛り上がりはなかったそうだ。
「今もHIPHOPは、日本ではどちらかというとマイノリティの音楽かもしれないけど、当時はゼロに近いくらいの認知度。最初のイベントなんて、お客さんはほぼゼロで、フロアには出演者ばかりの状態でしたよ。でも少しずつ知られ、DJ中に日本語の曲を挟むのもありになっていって、90年代中盤から後期くらいには海外のアーティストより日本のアーティストのほうが盛り上がるようになりました」。

「レコード屋もHIPHOPを積極的に取り扱うようになって、さらに洋服屋とHIPHOPが結びつくことで情報がみんなに行き届くようになったから裾野が広がっていったのかな? ショップがアンテナになってそこに僕らの活動とかいろんなピースが埋まっていって、少しずつHIPHOPが広まっていったのかもしれないです」。

その当時のことを回顧しつつ、武道館でのライヴを成功するまでになった現在と比較する。
「当時は『HIPHOPという音楽とカルチャーはめちゃくちゃおもしろいから広めたい。でも、支持してくれる人が少ないから俺たちが死ぬまでにこのカルチャーは広まらないかもしれない。俺たちじゃなくて、次の世代に託すしかない』ってRHYMESTERのメンバーと話していたんですよ。今こうやって昔を振り返ってみると、僕らが現役の間にある程度は目標をクリアできたんじゃないかなと思います。でも、まだまだ浸透する余地があるので頑張らなきゃいけません。当時は小さいシーンでしたが、若かったから明日明後日の生活なんて考えていませんでしたし、HIPHOPが好きだったからひたすら突き進めたんだと思います」。

心を揺さぶり続ける音楽に
愛情を注いだ平成の30年

武道館の大舞台から現在ツアー中のライヴハウスまで、さまざまな規模で開催されるRHYMESTERのステージは、“KING OF STAGE”と呼ばれるだけあってパフォーマンス力は圧倒的。その会場を沸かせる理由のひとつに、曲間のこだわりがあると教えてくれた。
「RHYMESTERのライヴはDJプレイ。DJって、どの曲を次に持ってくるか、どういうタイミングでMIXしていくかが大事で、それがうまく嚙み合うと盛り上がるんですよ。RHYMESTERのライヴはそれと同じ考え方で、例えば60分のライヴなら、最初に掴みの曲を演ってから一旦落ち着かせて、終盤に向けて徐々に盛り上げていく。そのカーブを構築できるセットリストを組んでいます。1曲1曲区切っていたらうねりが生まれないので、次の曲への繋ぎが肝心。繋げる曲の位置はサビの何拍目か、さらにその裏拍なのかまで綿密に決めているくらい。それががっちりハマるといいMIXになってフロアも跳ねてくるんです。だからリハーサルは繋ぎを中心に、しっかりと確認しています」。

長年愛され続けるRHYMESTER。グループとしては結成30年の節目を迎え、DJ JINさん自身は25年以上DJとして活躍する。その継続する力は、どこから湧いてくるのだろうか?
「好きだからしょうがない。シンプルだけど、それに尽きるんです。幸いなことにDJとしての活動を続けさせてもらっていますが、もしそれができなくなっても何らかの形で音楽に携わっているだろうし。音楽が心を刺激して『俺、生きているんだな』って実感する瞬間がたまらない。音楽からイマジネーションを引き出されて心が揺さぶられる瞬間があるから音楽を続けられています」。

そんなDJ JINさんが最近心が揺さぶられた音楽が気になる。
「いっぱいあるけど、このタイミングだとcro-magnonの『平成 feat.田我流』。これこそ生きている実感が湧いてくる曲ですね。平成から令和に時代が移る今の時期こそピークに楽しめるんじゃないですかね。演奏がメロウでいいし、田我流の歌詞も相変わらず心の琴線に触れます」。

カテゴリーに固執することなく
もっといいモノを触れてもらいたい

では、平成が終わりを告げようとしている今、新しい時代に対してどんなことを考えているのだろうか?
「日本のHIPHOPでうちらより上の世代って少ないから、下の世代の手本となれるように模索していかなきゃいけないとは思っています。そして、HIPHOPが認知されるようになったけど、まだまだ伸びしろがあるので僕たちには何ができるかを考えています。5/12(日)に、毎年RHYMESTERが主催しているフェス〈人間交差点〉をお台場で開催します。そこで、HIPHOPだけを聴いている人に、他にもカッコいい音楽があるということを知ってもらいたいし、HIPHOPにあまり馴染みがない人にはその魅力を知ってほしいです。そして、毎週ラジオのFM音楽番組〈Joint & Jam ~global dance traxx~〉もやらせてもらっていますが、他の番組だったらピックアップしないような曲をDJ MIXで掛けていて。これもみんなの情報の網に引っかからないようないい音楽を知ってもらいたくて続けています。令和になっても変わらず、世の中にはもっといい音楽があるということを伝えていきたいですね。そして、その1曲がちょっとでも人生の彩りになればいいなと思います」。

少しでもいい音楽と出会ってもらいたいというDJ JINさんの考えとシンパシーを感じるYES GOOD MARKET。そこには、これまで知らなかったお店やモノ、アート、そして人との出会いが待っている。
「ショップとアーティストがお客さんと繋がれる、温かい雰囲気のイベントだと聞いています。その空気を楽しめるような選曲をしたいと思っています。気持ちいい休日を過ごせるような選曲は得意なので! 新譜からヴィンテージのレコードまで、いい曲を揃えて持って行きますのでお任せください。僕自身もいろんなショップやアーティストとも出会えるように散策したいと思います」。

Information

結成30周年を記念して、47都道府県を行脚するツアー〈KING OF STAGE VOL.14 47都道府県TOUR 2019〉を開催中! ライヴハウスが主な会場となり、KING OF STAGEを間近で体感できる通称“小箱セット”で日本全国を回る。
https://www.rhymester.jp/

TEXT/SHOGO KOMATSU