ANCHOR INC.が持ち出す、編集と遊び。

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自社ブランドとして「BlackEyePatch」を手掛けるクリエイティブエージェンシー、ANCHOR INC.。そのオフィスには、ボールペンからクリアファイルまで、使う理由のあるものだけが整然と並ぶ。そんな社内の日用品を起点に生まれたのが「Mercedes Anchor inc.」だ。この秋、YES GOOD MARKET(以下、YGM)とのコラボレーションにより、そのソリッドな世界観を京都・岡崎公園へ。取材を通して見えてきたのは、服だけに留まらないクリエイティブの考え方と、「選ぶこと」「編集すること」を大切にするANCHOR INC.らしい姿勢だった。

ANCHOR INC.
グラフィックデザインやアートディレクション、ブランドのディレクションなどを手掛けるクリエイティブエージェンシー。自社ブランドとしてBlackEyePatchなどを運営するほか、オフィスで使う日用品を起点としたMercedes Anchor inc.を展開。個人ではなく、会社そのものを主体にクリエイティブを発信している。
https://www.instagram.com/anchorinc/

アパレルではなく、クリエイティブから。

ANCHOR INC.の出発点は、服づくりではない。前身となったグラフィックデザインの仕事を経て、グラフィックやアートディレクション、ディレクションを手掛ける制作会社として形を整えていった。アパレルを含むさまざまな仕事に携わるなかで生まれたのが、「自分たちの会社から発信するものもつくろう」という考えだった。

そのアウトプットのひとつとして始まったのが「BlackEyePatch」だ。自社ブランドではあるものの、ANCHOR INC.そのものを「アパレルの運営会社だとは考えていない」という点が興味深い。服をつくることが会社の目的なのではなく、クリエイティブエージェンシーがディレクションし、運営するストリートブランドとして位置づけられている。

つまり、「BlackEyePatch」も数ある表現手段のひとつ。クライアントワークも、自社ブランドも、グラフィックも、根にあるのは同じクリエイティブの考え方だ。その輪郭は、取材で訪れたオフィスを見渡すとさらにわかりやすい。

白を基調とした仕事場には、必要なものが整然と収まり、ボールペンやクリアファイルといった日用品にも一定のルールがある。仕事をするときに余計なものが視界へ入らず、異なるルールのものが雑多に混在しない状態をつくる。人が増えていく過程で、そうした整理整頓の感覚が「会社の習性として定着していった」という。

ただし、それは全員に同じ道具を強制するためのルールではない。むしろ取材中に繰り返し感じたのは、「何を使うか」以上に、「なぜそれを選ぶのか」を大切にする姿勢だった。

例えば、足りなくなったから近くで適当に買ったボールペンと、「このボールペンが好きだから使う」という選択は、同じ一本でも意味が違う。選ぶことに意思があるなら、会社の標準とは異なるものでも問題ない。一方で、「何でもいい」からそこにあるものは、なるべく減らしていく。整ったオフィスは、単なる美意識の結果ではなく、ひとつひとつの選択に理由を持たせるための環境でもある。

「何でもいい」を、なるべくなくす。

この徹底した日用品の選定から、ごく自然に生まれたのが「Mercedes Anchor inc.」だった。社内で使うボールペンやクリアファイルを統一し、そこへ社名を入れて支給しようとすると、会社で必要な数よりも製作ロットの方が多くなる。そこで、余った分を物販として販売することになった。

最初から新しいアパレルブランドを立ち上げようとしたわけではない。あくまで出発点は、自分たちが日々使うものを自分たちらしく整えるための「オフィスマーチャンダイズ」。この成り立ちを知ると、バッグやTシャツだけでなく、ボールペンや収納用品まで同じ世界観で並ぶ理由が腑に落ちる。

そこに少しだけユーモアを加えているのが、“Mercedes”という言葉。Mercedesは人名を語源に持ちながら、多くの人にとっては車やラグジュアリーな印象と結びついている。その言葉をANCHOR INC.の前へ置くだけで、見慣れた社名の佇まいがわずかに変わる。

「ただANCHOR INC.と入れるより、Mercedes Anchor inc.と入れた方が少しリッチな気分になる」。そんな社内の遊びから始まったネーミングであり、ブランド名を先に決めて商品をつくるという一般的な順序とは、ほとんど逆だ。

既にある言葉や色、形が人に与える印象を読み取り、別の文脈に置き換える。この感覚は、「BlackEyePatch」のアイコニックな「取扱注意」にも重なる。もともとは業務用の配送ラベルにある言葉だが、それが服に載った瞬間、着ている人が“取扱注意”なのか、単にラベルの引用なのか、解釈が揺れ始める。

そこにあるのは、ヒップホップやストリートカルチャーにも通じるサンプリングの感覚だ。既に存在するものをそのまま借りるのではなく、「何を選び、どう組み合わせるか」によって別の意味を生み出す。ANCHOR INC.が話した「自分の中にある情報を、用途に合わせて編集していく」という言葉は、その制作姿勢を端的に表している。

一見すると軽やかなアイデアも、その場の思いつきだけで生まれているわけではない。日々インプットした情報を蓄え、必要な場面で取り出し、組み合わせる。“ひらめき”よりも“編集”に近いという自己分析は、整理されたオフィスの風景ともよく似ている。

ものを選ぶこと、余計なものを取り除くこと、異なる要素を組み合わせ直すこと。ANCHOR INC.のクリエイティブは、プロダクトの表面だけでなく、仕事場のつくり方から日用品の選び方まで、同じ思想の延長線上にある。

ソリッドなものを、YGMの温度へ。

そんな「Mercedes Anchor inc.」を、普段とは違う場所へ連れ出すのが今回のYGMとのコラボレーションだ。もともと自社販売が中心だったが、卸の展開を始めたことをきっかけにアーバンリサーチとの関係が生まれ、今回のオファーへつながった。

実は、屋外のマーケットイベントへの参加は、ANCHOR INC.自身が想定していた展開ではなかったという。だからこそ、外から自分たちを見ている人に「ここに合うんじゃないか」と提案されたこと自体が新鮮だった。自分たちでは選ばなかった場所を、第三者の視点によって選び直す。その入口からして、どこかサンプリング的でもある。

会場となる岡崎公園には、以前、近隣の美術館を訪れた際に立ち寄ったことがあった。京都市京セラ美術館やロームシアター京都、平安神宮に囲まれ、芝生が広がる開放的な場所。その空気を知っていたからこそ、「Mercedes Anchor inc.」をそこへ置いたときの姿もイメージしやすかったという。

普段の「Mercedes Anchor inc.」は、オフィスを起点としたソリッドなビジュアルで見せることが多い。それに対し、YGMには屋外ならではの温度がある。相反するように見えるふたつを無理に混ぜるのではなく、場所に合わせて見せ方を少し変換する。その距離感が、今回の取り組みの面白さになっている。

コラボレーションの考え方も明快だ。まったく新しい何かをゼロからつくるのではなく、双方がすでに持っているイメージを持ち寄り、接点を探していく。「Mercedes Anchor inc.」の定番的なプロダクトやロゴのフォーマットを土台にしながら、そこへYGMの要素を重ねていった。

今回、「Mercedes Anchor inc.」の文字にはYGMのフォントが用いられている。言い換えれば、「Mercedes Anchor inc.」という既存のフォーマットを、YGMの温度へと少しだけ変換したもの。どちらか一方の個性を消すのではなく、互いの輪郭を残したまま重ね合わせるところに、ANCHOR INC.らしい編集感覚が表れている。

会場に並ぶのは、Tシャツ、キャップ、トートバッグ、ライター。なかでも大ぶりのトートバッグは、内側にPVC加工を施した、以前から継続しているシグネチャー的なアイテムだ。一方で、既製品にグラフィックを載せる手法も、オフィスマーチャンダイズという出自を考えればごく自然な選択に見える。

今回はANCHOR INC.として単独のブースを構えるのではなく、YGMのオフィシャルブースで販売される予定。「Mercedes Anchor inc.にYES GOOD MARKETのバージョンがあるんだ」、そんな軽やかな発見として手に取ってもらえればいい。オフィスの机上から始まった日用品が、京都の芝生の上へ。その移動そのものが、今回のコラボレーションをいちばん端的に物語っている。

Photo:Shinsaku Yasujima
Edit & Text:Jun Nakada