単純なようで意外と奥深い“普通”を探求するAH.H

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ファッションやカルチャー、ライフスタイルを発信するウェブマガジン、HOUYHNHNM(フイナム)が、ファッションディレクター/スタイリストの長谷川昭雄さんとともに立ち上げたウェブマガジン、AH.H。“普通”をキーワードに、ファッションから気になるモノやコトまで、幅広くピックアップして発信している。昨年3月にローンチして以来、ブランドとコラボレーションをしたり、AH.Hのファンクラブが始動したりと、その動きに目が離せないが、そもそもなぜ“普通”をテーマにしたのだろう。長谷川さんと、HOUYHNHNM編集長の小牟田 亮さんの2人に直撃して、その考えや想いを紐解いていく。

人によって変わる普通の価値観を
さまざまな角度から探るメディア

--まずは、AH.Hを立ち上げた経緯から教えてください。

長谷川
「僕が、雑誌POPEYEを離れる時に、今までとは違う、もっと新しいことをやりたいなと思って、小牟田くんに相談したのがきっかけです。フイナムのことをニッチメディアと小牟田くんが呼び、それがひとつのあり方であると言っていることにはすごく共感できます。僕が今、心地よいと思う働き方や場所、あるいは目指す方向を考えると、そこがマスメディアである必要なんてないんです。POPEYEで働かせていただいていた頃、校正を戻していて、これって、なんかどうなんだろうと思うことがよくあったんです。僕は雑誌が好きですが、自分が世間に伝えたいことにたいしてオーバーワークな気がしたんです。今でも雑誌の仕事はしていて、ある一定の媒体では働いていたいですが、もうPOPEYEみたいな場所は、今の自分には必要ないし、興味ないんです。」

小牟田
「長谷川さんとは、以前HOUYHNHNMで何度かお仕事をご一緒させてもらったこともありましたし、ディレクションしていたMONOCLEやPOPEYEをずっと見ていたので、声をかけてもらえて嬉しかったですね」

--なぜ、テーマを“普通”にしたのでしょうか?

長谷川
「“普通”というのは、僕が提案したんです。POPEYEで自分が最後に作ったのが、〈なんでもない服が着たいんだ〉という特集でした。自分が関わった6年半を振り返りながら自分の嗜好を整理して考えたら、結局、自分は、普通のものが好きなんだという答えに辿り着いたんです。僕はその時々に進化していく自分のフィロソフィーみたいなもので仕事を完成させていくので、働く場所が変わっても、同じことしかできないんですよ。だから、素直な気持ちで、自分が今考えるフィロソフィーを、テーマにしました。昔は変わったものが好きだったし、変わったページもいっぱい作りました。いろんなことを経験してみて、ある時、普通のものが一番いいなって思ったんですよ。例えばハイブランドでは、最新のコレクションより定番のほうが好き。値段は高いけど、すごく質が良くて、ずっと販売されている。そんなアイテムに惹かれます。どこに行っても一番普通なものを探すのが癖のようになっていました。モノクルの時も考えると、かれこれ10年以上は、そういう見方で服を借りたり買ったりしているから、これは永遠に続くんじゃないかなと思いました。だから、AH.Hを始めるにあたって、新しく始まるメディアだけど、真新しさというより、普遍性のあるいろんなジャンルのモノを扱っていきたいという気持ちもあったので、“普通”をテーマにしました」

小牟田
「これまでにHOUYHNHNMを10年以上やってきて、アバンギャルドなファッションをビジュアルで表現したこともありますが、最近はあまりやっていません。なぜかというとウェブではあまり有効ではないと思ったからです。よく言われていることではありますが、そうしたビジュアルは、雑誌のような紙媒体で見たほうがいいなと思うんです。もちろんウェブでしかできない表現もありますが、それでもなお。それに比べて、ベーシック、スタンダード、オーセンティックなファッションは古びないですし、“普通”をテーマにすることに違和感はありませんでした」

長谷川
「テーマである“普通”って言うのは、いくらでも応用ができると思っています。僕の普通、友達の思う普通。それは必ずしも一致しないので。だから以前にも友人の中川くんの提案で、C.Eのトビーさんにアドバイスをもらい、『イギリスの普通』という回を作りました。シティポップのことをAdult Oriented Recordsの弓削さんに聞いたりもしました。スニーカーの話も今、仕込んでいます。今後は車とか不動産とか恋愛とかも扱っていきたいです。僕はベースとなるシステムを考えることが好きなんです。それをアレンジして広がりを作っていくためのベース。自分のフィロソフィーという軸さえ出来上がっていれば、いくらでも広げていけるはずなので。そういう意味では骨格はどうあるべきで、どう広げていくかについては、最初の頃からずっと話しています。ウェブマガジンなんて結局、誰も見なくなってしまうだろうから、そうならないためには何をしたらいいのか、それを最初に話し合ったよね」

小牟田
「そうですね。ウェブだからやれることってなんだろう、という話はしたと思います」

長谷川
「いろいろ話を進めていく中で、例えばAH.Hでモノを作ってみるのもいいんじゃないか、とひらめきました。ただモノ作りをしたいんじゃなくて、ウェブマガジンを読んでもらいながら、そこでモノが買えるという」

小牟田
「それは当初から考えてはいましたよね」

長谷川
「いいアイテムを紹介することはずっとやってきたから得意ですし、おもしろいものを探すことも、その範囲の中にあると思っているから、それはAH.Hで継続していって。でも、普通のモノを探しても探しても、見つからないことが多々あるんです。だから、ありそうだけどないものを作るのはどうかな、と提案しました。できるだけ普通のモノを紹介したいからこそ、ないなら作らなければいけないと思ったんですよね」

--普通とはどういうものだと考えますか?

長谷川
「世論の結果だと思います。みんなが買ったり使ったりしていく中で淘汰されていくモノもあるし、残るものもある。そこで残ったものが普通なモノだと思っています。でも、今は普通だとしても、将来的に普通じゃなくなるモノもたくさんあって、また普通として戻ってくるモノもあって。そう言った意味では、いろんな人の普通があるけど、日々更新されていくと思います」

読者との深い交流を図るため
AH.Hのファンクラブを設立

--昨年の12月には、〈AH.H FAN CLUB〉が発足しましたね。

小牟田
「HOUYHNHNMでもこうしたコミュニティを作りたいなとずっと思っているのですが、「AH.H」のほうが先に形にすることができました。目的はユーザーとの間に深い関係性を築くことです。読者を増やすために、いたずらに新しいことをやるんじゃなくて、今の読者に満足してもらうためになにをしていくべきかというのを第一に考えています。この考え方はメディアだけではなく、ブランドやショップにおいても有効なんじゃないでしょうか」

長谷川
「まぁなんか、本当に欲しい人にきちんと売りたいから、クローズドで物を売っていきたいんだよね、みたいなことを南くん(GraphpaperやFreshServiceなどを手掛けるクリエイティブディレクター、南 貴之さん)の事務所で話してて、AH.Hのファンクラブみたいななものをやろうかなって話したら、“ファンクラブ”って響きがダサくていいよねって、盛り上がって。ネーミングと方向性については、その瞬間に確信を持ったのを覚えてますね」

小牟田
「あと、きっかけとしては、去年の10月にHOUYHNHNMの創刊15周年を記念して開催したフェス『HNF』もあります。『HNF』にはAH.Hもブースを出したんです。当日は長谷川さんと南さんが選んだ大きいサイズの古着を販売したり、オリジナルのアイテムを販売したりしました。そこでお客さんとのコミュニケーションが生まれたらいいなって思ったんですけど、あまりにもたくさんの人が並びすぎてしまって、そういう感じにはならなかったんですよ。だから、もう一回AH.Hの世界観が好きな人とじっくり話し合う機会を設けたほうがいいと思いまして。お客さんと一対一で話したいという想いと、長谷川さんのファンクラブの構想が合体して発足した感じです。それで、昨年末に一度イベントを開催しました。それ以降もいろいろイベントの構想はあったんですが、コロナで全部中止になってしまいました」

長谷川
「クローズドにして近い距離感でやっていきたいですね。AH.H FAN CLUBでしか買えないモノを作ってみたりもしましたし。できればマンツーマンで接客したい。人数が多いと、全員としっかりコミュニケーションを取れないまま終わっちゃうし、一人一人がどんな気持ちで選んで買っていくのか、きちんと見届けたいという気持ちが強くあるので。あと、アイテムのセレクトやコーディネートには、必ず自分の中に理由があるから、それをきちんと伝えていきたいです」

ハットからパンツまで!
全4型をYGMで販売

--SEE SEEとは、どのように繋がりましたか?

小牟田
「HOUYHNHNMでSEE SEEの湯本さんを取材させてもらっていたので、媒体として繋がりができていました。その流れでAH.HをYES GOOD MARKETに誘っていただきました。コロナの影響で、他のイベントは続々と中止や延期になっていく中、オンラインでの開催にこぎつけて、なおかつこの規模感で展開できるのは本当にすごいことですよね」

--AH.Hで出品するアイテムが4点あるそうですね。まずはTシャツから詳細を教えてください。

長谷川
「このロゴは、新型コロナウイルスの一件があって、キープ・ディスタンスをテーマにNAIJEL GRAPHが描いてくれました。刺繍とプリントで構成した同じデザインのTシャツをis-nessに作ってもらって販売したんですけど、ボディにも加工を施していたから販売価格が高くなっちゃって。本当はたくさん販売して、いろんな人にキープ・ディスタンスを伝えたかったんですよね。ちょうど、このロゴの判子を作っていたので、判を押したポケT をYES GOOD MARKET限定で販売します。3500円(送料別)と手頃な価格です」

--セーターもオリジナルで作ったんですね!

長谷川
「ある時、新潟のセーター工場で働いている知り合いにばったり出くわして、いろいろ話しているうちに、夏に着られるコットンのセーターを作ってもらうことになりました。それがコレです。僕はいつも夏になる前の季節に、こういう地味なコットンセーターを持ち歩くんです。寒い時は着たり、肩にかけたり、腰に巻いたり。糸はアメリカン・シーアイランドコットンを使っています。シーアイランドコットンは“コットンの女王”と呼ばれるくらい品質が高いんですが、環境と栽培技術の面で苦労が多く、とても貴重な糸なんです。イギリス王室御用達として有名ですよね。環境としては、カリブ海に浮かぶある一部のエリアでしか育てることができなくて、種をいろいろな人たちが持ち帰って、それぞれの土地で栽培にトライするけど、誰一人として成功することができなかったそうです。そんななか、ニューメキシコの大学が永年の研究によって栽培に成功したのが、アメリカン・シーアイランドコットン。“奇跡の綿花”と呼ばれているくらいの存在です。繊維に油分が多く含まれているそうで、若干ツヤがあります。そして、カシミアのように柔らかい肌触りなんですけど、オリジナルのシーアイランドコットンよりも強度があるのが特徴です。でも、見た目はとてもプレーンなあぜ編みだし、良さが伝わりにくいもですね。こういう地味なアイテムを高品質な糸で作るなんて、普通やらないんじゃないですかね。分かりにくいから。しかもコットンセーターなんて。だから、あんまり売ってないと思います。大きいサイズはなおさら見かけません。僕は、こうした地味な服が好きなんです。シックで、なんでもなくて。でも売っていないから作ったら、僕の友人たちは何人も買いたいって言ってくれました。新潟産のいいセーターです」

--ハットはどのように仕上げましたか?

長谷川
「本当は、昨年10月に開催されたHOUYHNHNMのフェスで販売しようと思って作り始めたんですけど、生産が間に合わず。ようやく出来上がったんですけど、これでいいのかなと思っちゃって。僕は文章も書くから、人に伝えるにあたって、あまりにも伝える部分が少ないのが納得できませんでした。だから、生地を撥水性のあるものに変更して、形も僕が持っているブーニーハットの形状に近づけてもらいました。意外と縫い方を少し変えるだけで、形が変わるんですよ。生地には撥水性のあるコーデュラ®︎ナイロンを使っています。アウトドアブランドなどが使うゴアテックス®︎のように、防水透湿性までは求めていないので、少しの雨が降っても凌げればいいかなと思っています」

--そして、まだ生産から上がってきていないパンツもあるそうですね。

長谷川
「DIGAWELとのコラボレーションで、そのパンツもHOUYHNHNMのフェスで販売するつもりで進めていましたが、こちらも間に合わなくて。僕が気に入っている太めのイージーパンツがあるんですけど、それをベースにしながら改良して作ってもらっています。生地はハットと同じコーデュラ®︎ナイロン。撥水性のあるパンツって、梅雨にもちょうどいいと思います」

--それも楽しみです! いろいろとお話いただき、ありがとうございました。

information
AH.H
https://ah.houyhnhnm.jp/

HOUYHNHNM
https://www.houyhnhnm.jp/