静岡発のマーケットイベント「YES GOOD MARKET(以下、YGM)」。今年10回目の開催となるYGM2025のキービジュアルに抜擢されたのが、異色の経歴を持つ画家・亀井雅文さんだ。音楽からファッションまで幅広いバックグラウンドを持つ亀井さんが、自身の創作秘話やビジュアルに込めた想い、そしてイベントへの期待を語ってくれた。その言葉から浮かび上がるYGMの魅力とは。
亀井雅文
かめい・まさふみ。静岡県富士市在住。画家。ファッションデザインを学び、音楽活動や家業のビジネスなど、多彩なキャリアを経て、30代後半で美術大学に編入し画家に転身。現在は古着を軸とした背景のあるファッションアイテムを油彩で超細密に描き、人や時代の物語を映し出す独自の作風で注目を集める。
https://www.instagram.com/masafumikamei/
異色のキャリアが導いたYGMとの出会い。

ー亀井さんのこれまでの歩みはとてもユニークですよね。ファッションを学び、音楽活動も経験されて、30代で美術大学に入学し画家の道に進まれたとか。まずはその異色の経歴について伺えますか?
我ながら変わった人生を歩んで来たと思ってます(笑)。学生時代は音楽に興味を持って、友人とグループを組んでヒップホップをやっていました。後のスチャダラパーですね。当時はANIがDJで、BoseとSHINCOと僕がMCだったんです。学校は渋谷の桑沢デザイン研究所で、ファッションデザインを学んでいました。卒業後はDJなど音楽関連の仕事をしていたんですが、成り行きで実家の仕事を手伝うことになり、音楽やアートからは長いこと離れてしまったんです。30代半ばまで、ずっと家業中心の生活でした。



そんなある日、地元のイベントでDJを頼まれて、久しぶりに音楽に触れる機会があったんです。その時「このままクリエイティブな事をせずに一生終わったら後悔するかも」という気持ちが急に芽生えてきてしまったんですね。その年代にありがちなこの先の人生に対する不安感でしょうか(笑)。じゃあ何ができるのかと考えたときに「絵なら描けるかもしれない」と思ったんです。絵は好きで時々描いていましたし、アートへの興味もずっと持っていましたから。それで思い切って美大に行こうと決心して、35歳ぐらいで武蔵野美術大学の通信課程に編入しました。社会人で子供もいながらの学生生活は大変でしたけど、3年間じっくり学んで、40歳手前でようやく本格的に画家として歩み始めた形です。

ーそうしてキャリアを重ねて、今回YGMのキービジュアルを手がけることになったわけですが、そもそもYGMとはどう出会ったんでしょうか?
実は僕、YGMのことを全然知らなかったんです。きっかけは今年の春、9月にURBAN RESEARCH KYOTOで個展をやる打ち合わせがあって、YGM運営の村手さんを訪ねお店を下見したんですね。その頃ちょうど、自分の作品に「日本人としてのアイデンティティ」みたいなものを反映させた表現をしたいと思って、盆栽の要素を落とし込んだシリーズを始めていたんです。そんなタイミングで京都のお店に行ってみたら、偶然にもショーウィンドウに本物の盆栽が飾ってあって、本当に驚きました。「今まさに自分がやりたいと思っていたことが目の前にある!」って、運命みたいなものを感じました。

その場で村手さんにも「実は盆栽をテーマに作品を描き始めていて……」と話をしたんです。そしたら、村手さんがYGM主催の湯本さんに僕の話を伝えてくれて、盆栽というキーワードにピンと来た湯本さんから「では次のYGMのメインビジュアルを!」とオファーをいただきました。直接お会いする前にそんな話が進んでいたなんて、びっくりですが(笑)。もちろん話を聞いた瞬間、喜んでお引き受けしました。
古着×盆栽が生むキービジュアルの世界観。

ーYGM2025のキービジュアルには、実際どんな世界観やメッセージが込められているのでしょうか?
一言で言えば「古着×盆栽」です。依頼内容は「この袋(バッグ)を描いてほしい」というシンプルなものでした。主催側は僕のコンセプトを理解してくれているので、新品じゃなく使い古されたタイベック素材のバッグをモチーフとして用意していただきました。僕は新品も描くけれど、古着とか、人の手垢が付いたものにも興味を惹かれるところがあります。それは単に綺麗な服を描くんじゃなく、その服を着ていた人の存在や背景まで感じさせたいと思っているからです。今回のバッグもたくさんのシワがあって、そこに宿る過去の物語を描き込みたいと考えました。そしてもう一つのテーマでもある盆栽については、盆栽を横から眺めた時、下に鉢があり上に枝葉があるというイメージを、作品では下にラインがあり上にモチーフがあるといった配置をとる事で比喩的に表現しています。


今回描いたタイベック素材のバッグは、紙のような質感で独特の細かなシワが出るんですよ。普通のビニール袋とは違う繊維っぽいシワで、そこが面白いところであり難しいところでした。シワの一つひとつに時間が刻まれていて、それこそ木の年輪みたいに、YGMが積み重ねてきた過去のイベントの歴史とも重なる表現になったかなと思います。


ーファッションアイテムをここまで精緻に描く作家は他に見ない気がします。このスタイルに至ったのはなぜでしょう?
やっぱり自分にはファッションの学習経験があるというのが大きいと思っています。作家として活動を続けるには「他の人とどう差別化するか」は大切な要素ですが、幸い服飾の知識があるので、「服を描く画家」というのは自分に向いているなと。実際、服ばかりをこんな風に描く画家は他に見当たりません。誰もやっていない表現だからこそ面白いし、評価もしてもらえると思っています。それに作品のモチーフになる衣服などには、自分や仲間たちが熱中してきたカルチャーが詰まっています。若い頃から渋谷や原宿辺りのストリートファッションが好きで、自分の実体験から自然とこういうモチーフに惹かれるんでしょうね。
YES GOOD MARKETへの期待。

ーYGMというイベント自体については、どんな印象を持ちましたか?
一言でいうと「音楽フェスのファッション版」と言ったところでしょうか。有名ブランドの大規模な展示会というより、インディペンデントでかっこいいショップやブランド、音楽やフードのコミュニティが集まっている印象です。僕も今回声をかけてもらってからYGMについて色々調べたんですが、昨年は京都で開催されて朝から長蛇の列ができるほど盛況だったと聞いて、本当に驚きました。「静岡発でこんなにすごい熱量のイベントがあるのか!」って。地元にいながらこんな動きがあったなんて全然知らなかったので、完全に勉強不足でした(笑)。

ー今年のYGM2025(第10回開催)へ向けて、亀井さんご自身はどんな期待を寄せていますか?
まず、一参加者として純粋に楽しみです!まだ主催の湯本さんとはお会いできていないんですが、そのうち地元トークで盛り上がれたらいいなあとか思っています。YGMは地元静岡から始まったムーブメントですし、10回目という節目に自分が関われたことを光栄に感じています。今年は会場が大阪になるそうですが、きっとまた多くの人で盛り上がるんじゃないでしょうか。僕の描いたキービジュアルも、その高まりの中でイベントの雰囲気を彩る一助になれたら嬉しいですね。そして将来的には、YGMがまた静岡にも戻ってきてくれたら地元民としては最高です(笑)。
Photo:Shin Hamada
Text & Edit:Jun Nakada