THE INOUE BROTHERSは、井上 聡さんと清史さんが設立したソーシャルデザインスタジオ。2人はデンマークのコペンハーゲンで生まれ育った兄弟で、聡さんはグラフィックデザイナー、清史さんはヘアスタイリストとしても活躍する。そんなTHE INOUE BROTHERSが、小田原のセレクトショップNON FLAGとともにYES GOOD MARKETに出店。両者の繋がりや、THE INOUE BROTHERSの活動を紐解いてみると、彼らのアイテムがより魅力的に感じられた。
ファッションを介したソーシャルデザイン。
2020年に、酒田翼さんと倫子さん夫妻がオープンしたNON FLAGは、国内外のブランドをボーダレスな目線で厳選するセレクトショップ。そのラインナップのひとつにあるTHE INOUE BROTHERSは、夫妻が前職の大手セレクトショップでバイヤーを務めていた時からの繋がり。
翼「THE INOUE BROTHERSのソーシャルデザインに共感しています。これまでNON FLAGと何度もコラボレーションさせてもらっていますし、さまざまなことをお手伝いさせてもらっていて。ちなみにNON FLAGのロゴは、聡さんにデザインしてもらいました」。
THE INOUE BROTHERSは、アパレルブランドではなく、ソーシャルデザインスタジオ。ソーシャルデザインとは、デザインの力で社会問題を解決し、より良い暮らしを目指すことだが、なぜウエアを展開しているのか。現在、沖縄に住む聡さんにオンラインで話を聞いてみると、設立した当初はアパレルの展開を想定していなかったと話す。
聡「ソーシャルデザインスタジオのTHE INOUE BROTHERS を設立した2年後の2006年に、アルパカと暮らすアンデス地方の先住民に関する研究をおこなっているコペンハーゲン大学の知り合いに誘われて、ボリビアへ行ったんですよ。ボリビアは南米で一番貧しい国。そのなかでもさらに貧しいのが先住民。それでも、みんな力強く生きていて、自分たちが食べる食糧も少ないのに、料理を出してくれたり、丁寧におもてなしをしてくれたりして、心を打たれました。少しでも彼らの力になりたいと考え、アルパカウールを使ったアパレルを作ることにしたのが経緯です」。
こうして始まったTHE INOUE BROTHERSのアルパカ プロジェクト。それは、アルパカウールを先住民から仕入れて、ニットウエアを作るといった単純なものではなかった。
聡「最初にやったのは、僕たちがアルパカウールの専門家を雇い、先住民にウールの品質を上げるノウハウを授けること。知識は共有できるし、一度学べば一生身につく。それをまた次の世代に受け継ぐこともできる。そのシステムが一番大事だと思うんです」。
高品質なウールの生産をサポートし、先住民たちの生活を支援する。そして、THE INOUE BROTHERSは、その最高級ウールを公正な取引で仕入れ、ウエアを作る。THE INOUE BROTHERSがアパレルを作る理由は、ソーシャルデザインのきっかけにすぎない。
聡「僕はファッションが大好きですが、THE INOUE BROTHERSの活動においてファッションは、ソーシャルデザインのツールなんですよ。厳しい環境で暮らす人たちの日常を少しでも良くするために、クリエイティブな発想を持って一緒に働くのがTHE INOUE BROTHERSのメインビジネスで、一番満足感を得られます。人にフォーカスしているので、THE INOUE BROTHERSの活動はファッションに限りません」。
アルパカ プロジェクトに始まり、ペルーのビクーニャ プロジェクトやナチュラル ピマコットン プロジェクト、パレスチナのタトゥリーズ プロジェクト、震災復興を目指す東北プロジェクトなど、現在までファッションを通じてさまざまな取り組みをおこない、アーティストのジュリアン・コロンビエや、旅する八百屋 青果ミコト屋を始めとした、ジャンルを問わないコラボレーションも果たしてきた。
聡「ソーシャルデザインにおいて大事なのは、かっこよさとクリエイティビティで共感してもらうこと。サステナビリティや持続的可能なファッションなど、社会的に正しいことを押し出しても、綺麗事に聞こえてしまう人が多いと思うんです。共感してもらうには、ファッションだったらかっこよく、料理だったらおいしく、パーティだったら楽しくなくてはいけません。ですので、ファッションだったら自分たちも着たいと思う、かっこいいアイテムを作るのが大前提。僕ら兄弟は、ヒップホップやレゲエ、スケートボードなどのストリートカルチャーで育ったので、その要素をデザインに取り入れています」。
聡「そして、自分たちの個性を主張することを怖がらない。今のファッションシーンを見てみると、コンセプトを込めたブランド名が多いですが、僕らはアパレルもTHE INOUE BROTHERSとして展開しています。それは、ブランド名で壁を作らず、僕ら兄弟に共感してもらいたいから。弟が隣にいるから、否定されることも恐れることなく、堂々と個性を前面に押し出すことができるんです」。
沖縄のアイデンティティをファッションに。
そんなTHE INOUE BROTHERSがNON FLAGとともにYES GOOD MARKETで販売するアイテムは、琉球藍染を用いたプロダクト。そこにもソーシャルデザインの思いが込められている。
聡「日本の学校に通いたいという娘の願いを叶えるために、1年前、家族でデンマークから沖縄に移住しました。デンマークはすばらしい国ですが、白人社会。僕は小さい頃から差別や偏見をたくさん受けてきて、子どもの世代にもその名残があるんです。僕も娘もダブルアイデンティティを抱えているので、いくら努力しようと100%デンマーク人になれないし、日本にいても100%日本人になれません。沖縄を移住先に選んだのは、それが理由。沖縄は琉球であって日本でもある。第二次世界大戦後のアメリカとの関係性もある。そこにシンパシーを感じました」。
聡「沖縄に住んでから最初にやりたかったのは、沖縄のアイデンティティとのコラボレーション。食文化や伝統工芸を調べていくなかで、琉球藍研究所と出会いました。琉球藍の栽培から染色、商品化まで、すべてを一貫してやっているのは、琉球藍研究所の1軒だけなんです。そこを立ち上げたのは沖縄出身のファッションデザイナーで、まだ30代。すばらしい取り組みをしていて将来性もあるので、コラボレーションできたら最高のアイテムを作れると確信しました」。
製作したのは、タンクトップとTシャツとロンT。濃淡が美しいタイダイ柄に仕上がった。
聡「藍染は、染めるほど濃くなります。一般的な藍染でも、10回から15回は染めているんです。このアイテムは、何度も何度も絞り染めを繰り返しているので、レイヤーが深くなって普通のタイダイ柄とは違う仕上がりになっています」。
THE INOUE BROTHERSの新たな試みとしてスタートしたオキナワン インディゴ プロジェクト。聡さんも、藍の収穫を手伝ったそうだ。
聡「収穫だけでも、とても大変な作業でした。1枚1枚に、手間と時間が掛かっていることを実感しましたよ。琉球藍染の商品は、沖縄のお土産物屋さんで手頃な価格で買えますが、値段が見合っていないと思います。オキナワン インディゴ プロジェクトで、琉球藍染は高級品だということを知っていただきたいです。このコラボレーションアイテムは決して安くはありませんが、適正な価格だと思います。マーケットと言えば、すべての商品が安くないといけないという風潮がありましたが、最近は質の良さを求められているという印象です。そのパラダイムシフトの象徴として、この琉球藍染をYES GOOD MARKETで先行リリースします」。
そして、YES GOOD MARKETでは、NON FLAGで取り扱っている他のアイテムも並ぶ。どれも丁寧に作られたもので、その背景を聞けば愛着が湧くものばかり。
倫子「THE INOUE BROTHERSがタトゥリーズ プロジェクトで繋がっている、イスラエルとパレスチナのブランドADISHも販売します。対立する両国のデザイナーとアーティストが手を取り合い設立したブランドです。他に、SATAYAMというインドの織りや刺繍が美しいレディースブランドなど、手仕事が光る良質なアイテムを中心に出品しようと思っています」。
PHOTO/SATOSHI OMURA TEXT/SHOGO KOMATSU